離職率は従業員の満足度を示す指標のひとつです。採用と離職が多く繰り返される企業はノウハウの蓄積が難しくなり、長期的な経営に不安が残るものです。

BtoBマーケティングのお困りごとをまるっと解決するサービス「ferret One」、簡単にWebフォームを作成でき、問い合わせ対応・ステータス管理ができる「formrun」などのSaaS事業や、国内最大級のWebマーケティングメディア「ferret」を運営している株式会社ベーシック(以下・ベーシック)。2024年に創業20年を迎える同社では、160人以上の従業員が働いています。

ベーシックの執行役員CTOを務める櫻庭 洋之さんは強い開発組織をつくるために「3つのコア・コンピテンシー」を定めています。

コンピテンシーとは、結果や業績を残す人材が持つ行動特性のこと。それを定めエンジニアに浸透することで、チームの動き方や離職率にどのように影響しているのか、お話を伺いました。

様々な技術に興味を持つきっかけとなった「自宅サーバ」

IT関連の仕事をしている父親の影響でPCに興味を持った櫻庭さん。秋葉原でパーツを購入してPCを組み上げ、Linuxをインストールして自宅サーバを運営する少年でした。クラウドやレンタルサーバの事業者が盛んでなかった時代、安価で自由にサーバ運営を体験できるのは自宅サーバくらいだったのです。

自由が利く代わり、OSやソフトウェアのすべての設定を自分で学び、実装する必要があります。また、ハードウェアの故障も自分で切り分けをし、適切な処置を行なわなければいけません。櫻庭さんは高校生から大学生にかけて、自宅サーバを使い個人でWebサービスを運営することで、サービス運営に関するノウハウを自然に身につけていきました。

新卒で入社した会社を挟んで櫻庭さんがベーシックに入社したのは2010年。当時のベーシックは引っ越し業者の一括見積もりを取って価格を比較できたりするメディア事業を運営していました。

「今、僕より経歴の長い人は代表の秋山を含めて3人しかいませんね」(櫻庭さん)

当時はオフィスの中にサーバがあり、自社スタッフがすべて運用・管理していました。

「ハードディスクが破損した際にデータをリカバリしたり、サーバのパフォーマンスチューニングをしていたらサイトが閲覧できない状態になったり、いろいろなトラブルが起きていましたよ。そうしたトラブルが起きると駆けつけて立て直すのは僕の役目。全社的に製品・開発を知っていたこともあって、いつの間にかCTOになっていました。役職というよりはひとつの役割という感じでしたね」(櫻庭さん)

入社して数年、2013年に櫻庭さんはCTOになりました。

ベーシックのエンジニアが共感する「3つのコア・コンピテンシー」

ベーシックの開発部門では「3つのコア・コンピテンシー」を掲げています。それは以下の通りです。

それぞれ、どのような意図があるのかを訊ねました。

強い開発部になるためには速度×質

「お客さまにプログラムを納品する仕事と違い、自社で運営しているSaaSのコードを書いているので、自分で書いたコードはそのまま自社の資産になるんです。それはつまり、質の高いコードを書かないと、将来の自社の成長を阻害することになってしまう、ということ。だから、品質は妥協してはいけないんです」(櫻庭さん)

SaaSである以上、サービス提供の速度・頻度が必要なのは言うまでもありません。が、欠陥の多い・将来性のないコードを使って拙速でリリースしても、将来には結び付きません。

「質が高ければ速度は速くなります。ぬかるみだと走りにくくて速度は上がりませんが、道路が整備されれば自動車は速く走れるんです。速度と質はトレードオフだと言われがちですが、同時に両方高められるものだと思っています」(櫻庭さん)

シェア文化のポイントは心理的安全性

コミュニティの世界でよく使われる「心理的安全性」とは、自分の考えなどを組織の誰に対しても安心して話せることを指します。心理的安全性が高ければメンバー間のコミュニケーションがオープンな組織になり、低ければコミュニケーションの少ない組織になります。

「エンジニアであれば、チームメンバーに技術をシェアできる雰囲気が大切なんです。若手が先輩に何か聞いて『そういうことも知らないの?』と聞き返されることにおびえる不安は無駄ですから」(櫻庭さん)

コロナ禍を乗り越えようとしている現代のIT業界では、人と人のコミュニケーションは対面よりもオンラインツール上のほうが多いかもしれません。

「会社のSlackでは、知ったこと・手に入れた情報を、誰ともなくつぶやく形で書き込んでいます。一つひとつ、誰かに伝えるために整理したり資料を作ったりするのはコストが高いですから、ちょっとしたことを共有できる場作りをしています」(櫻庭さん)

生産性を上げるための配慮

会社組織は、チームで仕事をするものです。そこで最大限の結果を出すには、自分一人の成果を出すだけではなく、チームメンバーの成果も上げなければいけません。

「自分だけが効率的になったとしても、その結果周りの人が非効率的になるとチーム全体の生産性は落ちます。常にボトルネックが何かを考え、他者の生産性に配慮したちょっとした行動を取るだけで、全体の成果は全然違ってきますよ」(櫻庭さん)

どのような配慮をしているのかを尋ねてみる。

「ちょっとしたことでいいんです。何か開発をしたときに『確認してほしい』と言うだけでなく、確認のためのURLを添えるような気遣いができればいい。その行為自体も大切ですし、気持ちよいコミュニケーションができる、という関係性を築くことも生産性を上げる配慮だと思います」(櫻庭さん)

今は、ベーシックも大部分がリモートワークだそうです。オンラインツールでどのような配慮をしているか訊ねました。

「テキストコミュニケーションが多い今だからこそ、テキストから得られる感情がやわらかくなるような工夫をしています。言葉遊びをしたり、変なギャグを入れたりしていますよ。CTOの僕が『ありがとう』を『ありがトンカツ サクサク美味しい!』なんて返せば周りの人も、何を言っても大丈夫、という空気になるじゃないですか」(櫻庭さん)

何かコメントを入れる際も、コメントそのものではなく、そのコメントを意味するスタンプを入れて終わりにするなども、コミュニケーションをやわらかくするポイントだそうです。

「メール的なやりとりより、LINE的なやりとりになったほうがコミュニケーションしやすくなりますね」(櫻庭さん)

3つのコア・コンピテンシーの効果

開発部門のコア・コンピテンシーは、朝礼で話したり壁に張り出したりはしていません。何かの折に説明したり、実践の中で伝えたりすることで浸透させているようです。

「自分たちの理想的な行動を抽象化したのが3つのコンピテンシーであり、実現されていること自体が重要なんです。コンピテンシーの言葉から入るというよりは『今のこの行動がこのコンピテンシーに合っている』と伝えられるようにしています」(櫻庭さん)

その結果、ベーシックの開発部門における結束の強さに繋がり、2022年における離職率は4.4%と低い水準にとどまっています。

「このコンピテンシーに共感するメンバーが動きやすくなったと感じていますよ。それまでは、それぞれが良いと思ったことをバラバラにやっていましたから、ときには価値観が違うとぶつかりがあったものでした。今は、同じ価値観の人が働けていますし、新しく入る人もコンピテンシーをあらかじめ伝えることで納得して入社してもらえます」(櫻庭さん)

自身のYouTubeチャンネルでファンを作る

※ムーザルちゃんねる「パソコンは必要ない? iPadでプログラミングできるか検証してみた」(https://www.youtube.com/watch?v=s9Amjpj8yA0&t=361sより)

櫻庭さんはYouTubeチャンネル「ムーザルちゃんねるを運営しています。Web制作の勉強をしている初学者・中級者を対象に楽しく簡単にプログラミングや周辺技術を学べるチャンネルで、周辺技術まで触れているため幅広い知識を得られます。

「技術ブログやQiitaで書き続けている知識や技術について発信しています。以前は動画に抵抗があったのですが、動画学習コンテンツが流行り始めたこともあって、自分の抵抗感だけでやらないのはもったいないと思って始めました」(櫻庭さん)

あくまで個人の運営のため、YouTubeで社名は明かしていませんが、顔も名前も公開しているため、知っている人は知っている状況に。

「キャリア論ではなく、人に左右されない、技術を中心とした情報を発信しています。動画を通じて技術を楽しめる人が増えればいいな、と思っています」(櫻庭さん)

一時の流行やバズに流されることなく、自身が興味を持つテーマを観て・楽しんでもらう配信を続け、チャンネル登録者数は2023年3月時点で7,000人を超えました。

「プログラミングは仕事だけのモノではなく、個人的な趣味や芸術的なものを作るためにも活かされるものなんです。そうした楽しみも伝えられたらいいな、と思っていますよ」(櫻庭さん)

このような情報発信を見て櫻庭さんに親しみを持ってもらえることも、副次的にベーシックへの転職が上手くいくことに繋がっている例もあるそうです。櫻庭さんの人柄がYouTubeで伝わっているのでしょう。

転職を目指す人へ

上手に転職者を受け入れている櫻庭さんに、転職者に対するアドバイスを聞きました。

「一番大切なのは、今いる職場で楽しめているか・集中できているかの判断です。それができているのであれば、今の会社でトライし続けたほうがキャリアアップに繋がります。反対に、自分の努力や行動だけではどうにもならないときには転職を考えたらいいと思います」(櫻庭さん)

転職先でチャレンジして信頼を得るのは時間もかかり労力も大きい、と続ける櫻庭さんに、上手な転職活動のコツも伺ってみました。

「面接官としての僕の意見ですけれど、『何ができるか』より『何をしてきたか』が伝わってくるといいなと思います。現職の仕事でも趣味でもいいですけれど『自分はこれをめちゃくちゃやったな』というものを、客観的に提示できたらいいですね。成功した・失敗したというより、自分が感情的に取り組んできたものを伝えてもらえると、面接する側は『他の場面でもこういうことができるんだろうな』という希望を持ちますから」(櫻庭さん)

自分が何に興味関心を持ち、熱中しているのか。どんな考え方をしているのか。心の底から思っていることや欲求を、化粧せずにありのままにオープンにする。そのことがミスマッチを防ぐための重要な鍵となりそうです。

リモートワークの多い現代のITエンジニアリング業界において「職場の雰囲気」「働き方」は判断しにくい要素のひとつです。ですが、今回櫻庭さんが語っていた内容から、ご自身が気持ちよく働ける職場も見えてくるのではないでしょうか。

 

(取材・文・撮影:奥野大児

― presented by paiza

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