『起業の科学 スタートアップサイエンス』の著者でスタートアップ支援を手掛ける田所雅之氏と、ソフト開発会社ACCESSの共同創業者で、やはりスタートアップ支援を手掛けるTomyK(東京・千代田)代表の鎌田富久氏が日本のスタートアップが成長するには何が必要かを語り合った。実は、起業の成功への近道は素早く失敗を繰り返すことだという。

田所:今日は、日本でスタートアップの育成・投資を手掛ける方の中で、最も尊敬する1人である、TomyK代表の鎌田富久さんにいらしていただきました。まず、簡単にこれまでの経緯をお話しいただけますか。

鎌田:はい。私は、東京大学でコンピューター・サイエンスを学んでいました。学部の4年だった1984年、荒川亨さんとソフト開発会社のACCESS(アクセス)を設立しました。当時はパソコンが登場したてのころで、マイクロソフトなどソフトウエア・ベンチャーが米国で相次いで上場し始めた時代です。

 当時、日本にはナスダックに相当する新興企業の市場がまだなく、当初は苦労しました。しかし、NTTドコモが99年に「iモード」を開始して携帯電話用のインターネットが発展すると、世界で初めて携帯電話用のウェブブラウザーを開発したACCESSも一緒に成長でき、2001年には東証マザーズに上場することができました。

 その後、2009年に相棒の荒川さんが亡くなったこともあり、上場してから10年後の11年に私が50歳となったときに、ACCESSの経営は次の世代に渡しました。

それぞれの経験を生かし、スタートアップ支援を手掛ける田所氏(左)とTomyK代表の鎌田氏(写真=菊池一郎、以下同)
それぞれの経験を生かし、スタートアップ支援を手掛ける田所氏(左)とTomyK代表の鎌田氏(写真=菊池一郎、以下同)

田所:そこから、スタートアップの支援を始めたのですか。

鎌田:2012年、TomyK(東京・千代田)という会社をつくり、この5年ほどは、これまでの経験を基にスタートアップ支援をしています。

 ただ、当初はすぐにスタートアップ支援をするつもりはありませんでした。あるとき、東大で講演に呼ばれて、大学生や卒業生を相手に起業当時の話をしたんです。すると学生が面白がって講演後も放してくれませんでした。そこから起業に興味のある学生達と付き合うようになったんです。

 その流れで、東大の産学協創推進本部で学生起業家を育てるためのアントレプレナーシップ教育講座の講師となるとともに、これまで20社くらいに投資したり、取締役になって経営支援するようになりました。

田所:現在はどんなスタートアップに関わっているのですか。

鎌田:最近はロボットや人工衛星など高度な技術を基に起業する人が増えています。

 私が支援した中では、人型ロボットのSCHAFT(シャフト、米グーグルが買収後、現在はソフトバンク傘下)や、小型人工衛星のアクセルスペース(東京・中央)、次世代電動車いすのWHILL(ウイル、横浜市)などがあります。ハードウエアとソフトウエアを組み合わせるような形が多いです。

 今は、昔なら大企業に就職するような優秀な学生たちが次々に起業を始めています。スタートアップに興味を持つ学生が増えていることを実感しますね。

 東大生の起業マインド醸成や、具体的なベンチャー支援の経験から、もっと技術をベースに起業を目指す人が増えてほしいと思い、昨年末に『テクノロジー・スタートアップが未来を創る―テック起業家をめざせ』という本を出しました。

時代の波に乗らずに後悔したくない

スタートアップに詳しい2人が、今、国内で注目するのはどんな動きでしょうか。

田所:2000年代後半から、ネットサービスのスタートアップが多かったのですが、最近はフィンテックでの起業が増えています。

 少額からの資産運用サービスを提供するFOLIO(フォリオ、東京・千代田)が2018年1月に70億円を調達するなど、フィンテック分野で資金調達に成功しているところが目立ちます。

 2010年代初頭は、金融機関がフィンテックのスタートアップを外注先と見ているようなところがありましたが、今はスタートアップの価値を認め始めている。金融機関がスタートアップとともに自社の抱える課題の実証実験をする時代になりました。

 そこで、FOLIOの甲斐真一郎代表など、鎌田さんが指摘したように、大企業で働けば数千万円稼げそうな優秀な人たちがスタートアップを起業するようになった。フィンテック系の起業家たちはこうした参入のことを「サーフィン」と言っています。つまり時代の波に乗って挑戦しないと悔いが残るという感覚が強まっているのです。

 また、さまざまな規制緩和が進んでいることも、スタートアップを始めやすくなった理由でしょう。

 フィンテックだけでなく、人材支援と技術を組み合わせた「HR(ヒューマン・リソース)テック」、技術を活用して企業の規制対応コストを下げようという「レギュレーションテック」といった、さまざまな「○○テック」と呼ばれる新たな分野が成長しています。

 まさに、あらゆる分野でテクノロジー・スタートアップが立ち上がる時代になっています。

鎌田:いくつかの要因が重なって、テクノロジーを活用するハードルが下がってきました。まず、ソフトウエアの面では(さまざまなソフトのプログラムを公開する)オープンソースの流れが強まり、クラウドサービスなども低コストで利用できるようになりました。

田所:それが2000年代後半からのネット系スタートアップの増加につながりました。最近はハードウエアのスタートアップを取り巻く環境も変わっています。

鎌田:そうですね。ハードウエアについても、オープン化が進んできました。(マイクロコントローラーの)「Arduino(アルドゥイーノ)」や(超小型コンピューターボードの)「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」などが安く入手できます。

 これらは仕様が公開され、ソフト開発に必要なライブラリー(汎用プログラム集)も充実しています。ですから、ちょっとプログラムを書けば、簡単に目的とするハードウエアを作れるようになっています。

 かつては、自分が欲しいハードウエアを手に入れるには、基板をゼロから作るところから始め、プログラムも自分で最初から書くなどしないといけませんでした。それが、今はハードも使いやすいものがそろっています。コンピューターに取り付けるセンサー類もオープン・コミュニティーを探せばどこかに情報があり、安く手軽に手に入るようになりました。

 ハードウエアの外装も3Dプリンターで簡単に作れる。こうした装置も自分で買う必要はありません。こうした加工装置を借りられるテックショップやインキュベーション施設などが国内でも増えています。アイデアさえあれば、お金をかけずに、新しいロボットのプロトタイプ(試作品)ぐらいはすぐできるのです。

「ハードウエアのスタートアップも起業しやすくなった」と語る鎌田氏と、鎌田氏の著書『テクノロジー・スタートアップが未来を創る―テック起業家をめざせ』(東京大学出版会)

技術が新しい市場を生む

田所:資金調達の環境も変わっています。

鎌田:クラウドファンディングが一般化していることも大きい。魅力的なアイデアとプロトタイプと情熱があれば、周囲が応援してくれて、量産化の資金を調達できるという恵まれた環境が整いつつあります。

 さらに、スタートアップを後押しするもう1つの要因があります。社会的な要請です。消費者が成熟して大企業の作る量産品に飽きてきている。こうした消費者は、自分の好みに合うパーソナライズされた個性的な商品を望むようになり、ニッチな市場がいくつも生まれてきました。市場が小さいので大企業は手を出しにくい。そうしたニッチな市場にスタートアップがうまくはまって成長できるようになり、優秀な人材が流れるようになったのだと思います。

田所:まさに、そうしたニッチ市場のニーズに対するプロダクトやサービスの供給は不足していると思います。

 先日、あるスタートアップにメンタリング(対話による成長支援)を行ったのですが、ここはドローンレースの運営を手掛ける会社です。ドローンを使ったレースの日本での開催は、まだほとんどありませんが、欧米では盛んになっており、レース開催のスポンサーが多く集まるような状況があります。そのスタートアップもドローンレースの黎明期から関わって、今は年間数千万円を稼ぐようになっています。

 このように、テクノロジーが進化することで、ユーザーが実際に求めているプロダクトやサービスがあるのにその市場が存在しないというギャップがあちこちで生まれるようになっています。スタートアップは、こうしたギャップを見極めることで新たな市場を切り拓くことができるのです。

そのような市場を素早く見つけるにはどうしたらいいのでしょうか。

鎌田:それが簡単に分かったら、誰でもやっています(笑)。田所さんも著書の中で触れていますが、スタートアップは早く失敗して正解にたどり着くしかないと思います。

 最初からずばり正解というわけにはいきません。最初に思い付いたアイデアを磨いて、ある程度の水準まで持っていくのも簡単ではありません。PDCAサイクルを回しながら、なぜうまくいかないのかを分析し、正解にたどり着くことが近道でしょう。

 大企業がこうしたスタートアップ的な発想が苦手なのは、1つの案件に対して真剣に考えすぎる面があるからです。お金と時間をかけすぎるから逆にうまくいかない。最近では大企業もそれに気づいて、スタートアップ的ロジックを取り込む会社も出てきました。スタートアップなど外部の知恵を取り入れるオープンイノベーションを進めるにはそのことを理解することが重要です。

強い意志とともに学ぶ姿勢も必要

スタートアップは、少額の投資でまず試してみることが大事なのですね。挑戦しているうちに見えてくることがある。

鎌田:私の持論は、それほどスタートアップにはお金もかからないのだから、まずは走り始めること。走りながら学べばいいのです。特に(テクノロジーを持って起業する)テック起業家は技術については分かっているのですから、経営については実際に会社を運営しながら学んでもよい。ある程度事業が育って、資金調達ができるような段階になったときにCFO(最高財務責任者)などを採用すればいいのです。今のようにスタートアップをやりやすいチャンスがあって、何もしないほうがもったいないと思います。

田所:シリコンバレーで成功している起業家たち、例えば、IPOを申請したばかりのDropbox(ドロップボックス)のドリュー・ヒューストン氏や、Airbnb(エアビーアンドビー)のブライアン・チェスキー氏などの創業者たちは、次第にCEO(最高経営責任者)としての能力を学んでいった。ヒューストン氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)でコンピューター・サイエンスを学んでいたので、マネジメントの知識は一夏に100冊もの本を読んで身に付けたそうです。

 優れた先輩起業家をメンター(指導役)とすることも成長につながります。ブライアン・チェスキー氏は、例えば著名な投資家のウォーレン・バフェット氏などをメンターとしてきました。自分より一回りも二回りも上の経営者から学び、組織を大きくするだけでなく自分自身も成長させていこうとする。そうしたメンタリティーのある人が経営者として伸びるのです。

「先輩経営者から全てを吸収しようという姿勢が成長につながる」と語る田所氏
「先輩経営者から全てを吸収しようという姿勢が成長につながる」と語る田所氏

鎌田:田所さんの言う通り、起業家の成長イコール事業の成長といえます。ですから、学習能力の高い人が最後は勝つ。もちろん、起業家には自信家であること、何が起きてもぶれない強い意志を持つことも必要ですが、一方で謙虚に学ぶ姿勢を併せ持つ人が伸びます。

 かつての起業家はワントップでカリスマ的な人が多かったかもしれませんが、最近の若い起業家はチームを大事にする人が増えてきました。周囲から学ぶ姿勢を持つ人が増えていると思います。

優れたメンターに出会うにはどうしたらいいのでしょうか。

鎌田:まず、我々のところに来てください(笑)。実際のところ、日本にはまだメンターが少ないのが実情です。ベンチャーキャピタル(VC)の担当者も金融業界出身の人が多く、起業経験のある人は少ない。日本のスタートアップがもっと成長して、その起業家たちが投資家になることが増えれば状況は変わってくるでしょう。今は、まず周囲で起業している人に相談するのが近道ではないでしょうか。

真面目な人ほど成果を急いでしまう

田所さんも鎌田さんも、著書の中で起業にはステップがあり、その「型」をまず学ぶべきだと話されています。やはり、基本を学ぶことがスタートアップで成功する近道になるのでしょうか。

鎌田:大半の人は初めてスタートアップの起業を経験するので、その過程で何が起きるのかをイメージしにくい。参考書もあるのですが、なかなか実感がわきにくい。そこを少しでも助けたいと思っています。田所さんの著書は、そのステップを具体的に書いているので、起業前に読んでおけば、遠回りを防げ、余計な時間のロスを減らせるでしょう。

田所:私の実感では、日本のスタートアップの創業者は8~9割が初めての起業だと思います。

 だから、真面目な人ほど最初から一生懸命やってしまう。何か形にしないといけないと焦って、取っつきやすいプロダクトやマーケティングマーケティングから始めてしまうので、うまく行かずにつまずいてしまう。一生懸命やるのはいいことですが、スタートアップが成功するには、まずユーザーが痛みを感じている課題を解決するビジネスモデルが必要です。その取り組むべき課題が見えない段階で、プロダクトを作っても意味がありません。

 私が著書で伝えたかったのは、プロトタイプづくりやマーケティングを始める前に、ユーザーの抱える課題をつかむための「実験」を徹底するということなんです。この実験を通じて、ユーザーの課題を解決でき、欲しいと感じてくれるプロダクトのヒントを見つけることができる。

 十分に課題を検証できていないうちに、プロダクトを作って伸びようとしてもうまく行きません。私も同じ失敗をしたことがありますが、「プリマチュア・スケーリング」(未成熟なままの拡大)に陥り、解決すべき課題やソリューションも定まらないうちに、人材採用を増やしたりして貴重な資金を無駄にしてしまうのです。

鎌田:まさにロジックを知っていれば、遠回りせずに済む。

田所:スタートアップに挑戦できる、あるいは挑戦したいと思っている潜在層はかなりいると思うのですが、基本的な型を理解せずに失敗することが多いのはもったいない。
 今、日本では起業しやすく、資金も集めやすくなっているのに、ユニコーン(企業価値が10億ドル以上で非上場のベンチャー企業)がまだ少なすぎます。中国では50社以上、インドで10社ほどあるのに比べても少なすぎると思います。

中国やイスラエルなどが日本より多くユニコーンを生み出せる理由は何でしょうか。

鎌田:中国はまだ社会全体が豊かになっていく経済成長の中にいて、ある意味、何をやっても成功する段階です。日本のような成熟した国と比べるべきではないでしょう。イスラエルなどは、政府が自国の得意な分野で意図的にスタートアップを育てています。日本政府も高齢化社会への対応や自動運転、宇宙などの分野では政策的な支援を充実させ、世界からスタートアップを呼び込んで集積する努力をした方がいいと思います。

田所:ユニコーンが多い国と日本が決定的に違うのは、エンジェル投資家とM&A(合併・買収)の数でしょうか。まず、鎌田さんのような方があと100人出てくればだいぶ変わる。スタートアップを変えるのはやはりスタートアップ出身者でしょう。それに、DeNAや楽天のような大きく成長した企業がキャッシュを持って、M&Aを進めればスタートアップが成長できるチャンスが出てくると思います。

(構成:吉村克己、編集:日経トップリーダー

起業の失敗の99%は防げる!

 従来は、いつ、何を達成すればスタートアップが目標に向かって前進できているのかを確認できるモノサシがほとんど存在しませんでした。仮に、有用な情報があっても、それらは書籍やネット上に散在し、忙しい起業家には活用しにくいものでした。

 そこで、『起業の科学 スタートアップサイエンス』は、起業家がカスタマーから熱烈に愛されるプロダクトを生み出し、スケール(事業拡大)できるまでの考え方を20ステップで整理しました。

 アマゾンやフェイスブックのような『大成功するスタートアップ』を作ることはアート(芸術)かもしれません。でも、この本で示した基本的な「型」を身につければ高い確率で失敗を防げるのです。

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